あらゆるものをネットで入手できる現代。EV自動車さえもネットオーダーが可能です。例えば某メーカー。それはショールームも持たず、購入希望者は仕様や様々な装備品をメーカーの専用ウェブサイトで選択して注文。任意の場所で真新しいEV自動車を受け取り、晴れて納車となります。むろん、希望すれば購入検討のための試乗も可能ですが、日本全国をカバーする国産メーカーディーラーのように、ショールームで珈琲を飲みながら試乗車の準備を待つ。そんな心躍るような楽しみもないと聞きます。従来はマストであった販売のための各種インフラや、人が介在する手間と時間を無くすことにより効率化を図る狙いがあるのでしょう。だから「営業マン」もいないし、支払いもウェブサイトで完結するので値引き交渉もなし。異論があるひとは別のメーカーをどうぞと言わんばかり。しかしEV自動車はともかく、購入対象が趣味性の高いものであれば、果たしてこんなスマートすぎる商売はうまく行くのかな、とも思うのです。
高い趣味性と言えば、我々がたしなむスポーツ自転車もそこにジャンル分けされることが多いです。とは言っても、そんなスポーツ自転車の世界でも、販売の仕方、購入の方法が、昔ながらのスタイルから変化しているケースもあります。ではDE ROSAはどうか。カーボンフレームの生産を始めた2000年初頭から比べると生産量は大幅に増えた現在も、彼らの基本的なビジネススタイルに大きな変化はみられません。変わったと言えば、フレーム素材による製造までの行程が複雑化されたことでしょうか。例えばカーボンフレームの製造は、企画や設計、仕様、試作からテストに至るまで、安定した製造までに労力と時間を要することは確かですが、いざ軌道に乗れば「数を作る」ことは比較的容易です。しかしその対極となる金属フレームは、素材の調達、下処理と加工、繊細な溶接、そして何よりも溶接は手作業なので製造する高い技術が必要です。しかも完成してオーナーの手元に届くまでには、相当の時間を要します。そしてもっとも象徴的なのは、カーボンフレームとは異なる「ひと(びと)」が必ず介在することです。
さて、一年ほど前の話ですが、チタンフレーム“ANIMA”のオーダーをいただきました。DE ROSAの正規輸入品は日本国内で弊社が認定したDE ROSA SHOPを窓口として販売されますが、DE ROSA SHOPの店主さんは、DE ROSAに対する熱量が高い傾向にあります。今回のコラムは、DE ROSA SHOP店主さんと、そのお客さんがDE ROSAを愛してくださるまでの小さなお話です。
神奈川県横浜市のBIKE TOWNさん。店主は横山昭弘さん。ものすごく真っすぐなお方で、常にお客さんの身になって考える方です。良いモノやコトは「良い」、悪い(お客さんの利益にならない)と思えばお茶を濁す表現ではなくストレートに「悪い」と言える方です。そんな横山さんだから、いちど心がシンクロしたお客さんとの結びつきは強固であり、ANIMAをオーダーくださったお客さん(KTさん)も、そんな横山さんとシンクロしたひとり。
最高のバイクを求めてBIKE TOWNに辿り着いたKTさん。横山さんはKTさんの話を聞き込み、どのような提案がベストか考えました。DE ROSA SHOPといっても専売店ではないので、他にも取り扱いブランドはあります。それでも会話の中から「手作り」や「逸品」といったキーワードを受けて、KTさんのニーズに直結するのはDE ROSAしかない。しかもブランドの魂といえるチタンのANIMAがベストソリューションであると確信。なぜなら横山さんは2011年にDE ROSAを訪れ、Ugoさんに話を聞き、チタンの製造現場を目にしていたから。
提案の軸足が決まれば、完成に向けてKTさんへのプレゼンが始まります。DE ROSAのブランドストーリー、フレーム素材、その乗り味、ライフスタイルとの相性などなど。その魅力を熱く説き、KTさんの疑問や希望を聞き入れつつ、完成車となったANIMAのイメージをふたりで作りあげて行きます。この時点でKTさんと横山さん、ふたつの心は完全にシンクロしていたので、ここからはDE ROSA JAPANも参加して理想のバイクを現実に結び付けるお手伝いを行います。身体を採寸して導き出したジオメトリやグラフィックのディティール、そしてカスタムカラーなど。しかしカスタムメイドが売りのBLACK LABELとて、ジオメトリがDE ROSAの文法と異なっていたり、物理的に製造が不可能な場合だってなくはありません。それゆえ、あらかたDE ROSA SHOPでまとめていただいた希望を、弊社がCusano MilaninoのDE ROSAと確認や交渉を行うのです。

こうして時間をかけて完成したANIMAに、KTさんはたいへん満足されたそうです。販売現場では決して珍しい話ではないかもしれませんが、この小さなストーリーの主役はANIMAと暮らすKTさん、そしてBIKE TOWNの横山さんです。ANIMAが意味する「こころ」や「魂」が、完成したANIMAと見事に重なるようで嬉しい物語なのですが、このストーリーには続きがあるようなのです。

Ugo Blueに寄せたカラー、これは60周年記念モデルのSESSANTAに近いカラーです。このANIMAと一年暮らしたKTさん、実は現在、さらなる「手作り」や「逸品」のバイク購入を検討中とのこと。驚いたことに、検討中バイクのなかにANIMAがあって、まさかのANIMA2台持ちとなる可能性もあるとか。そこまでANIMAを愛していただき、DE ROSA JAPANとしても光栄なことですし、なによりも、Ugoさんのお弟子さんであるチタンフレーム製作の職人Alessioが、Cusano MilaninoのDE ROSA Familyが嬉しく思い、そして天国のUgoさんも間違いなく、優しく微笑んでくれるはずです。KTさんと横山さんのふたつの心、ふたつのANIMA。是非とも並んだ姿をみて見たいと思う2025年の春です。
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